おもいでは木々と共に
誤解の無いように記しておくと、私は東京生まれだが育ちは静岡の片田舎で、
その後また上京するも、幼い頃から15年間、静岡で過ごしている。
ここに住んでいると生粋の都会人だと勘違いされることが多いのだが、
生粋の田舎人である。

御牧原に引っ越してきて、自然の中で毎日過ごす中で、
たくさんの木々に目を奪われる機会が増えた。
小さな頃、野山を駆け上って遊んだ記憶が、ここに引っ越してきたことで
時々むせ返るような感傷と共に湧き上がってくるようになった。

例えば、ねむの木。

去年、初めてねむの木を見つけた時に、夏に印象的な花を咲かせるこの木が
長野県のこんな寒い地方にあるわけがないのではと信じられなかったのだが、
車を降りて確かめること数回、確かに山のそこかしこ、あるいは誰かの庭先で
確かに両手を広げるような格好で佇んでいたのだった。
(後で調べるとねむの木は北海道以外で育つ木で、痩せ地でも育つ丈夫な木だった)

不思議なもので、木というものは一度その存在に気づいてしまえば、
何本でも見つけられるようになる。花が咲けば尚更で、場所を覚えてしまえば、
毎年、咲くのが待ち遠しくなる。咲いて見つけて、ほらね、ここにあったでしょ。
そして、今まで見えなかった木々が鮮明に浮き出されて、ねむの木がソコラジュウに
生えていることに今更ながら気づき驚く。御牧の粘土質で乾燥した気候に合うのかもしれない。

ねむの木の樹形が好きで好きでたまらない。
大きな羽を広げるようなあの枝の下でハンモックでも吊るして読書をしながら眠りたい。
植えたいけど、広々としたところで育ててあげたい木だから、
家の庭はもうだめかな。

例えば、藤。

枝垂れたあの佇まいにたわわに実る藤の花。
小さな頃、裏山で春になると咲く藤の木の下が大好きで、
よく遊んだのを覚えている。
この辺りでもよく自生しているのを見るので、近くに行って香りを嗅ぎたい衝動に
駆られるのだが、藤は斜面のきついところに踏ん張るように根を張っている場合が多いから
なかなかできない。そういえば、裏山の藤もゆるやかな傾斜地に育っていた。

金木犀。

秋になって金木犀の香りがすると、小学校の通学路を思い出す。
細い通学路を右に行ったり、左に行ったり、
卵の黄身を裏ごししたようなモコモコとした花びらで手をいっぱいにして、
ゆらりゆらりと歩いた日。高校生の頃、ウォークマンで大音量で音楽を聴きながら
自転車で木々の下を走りぬけた日々。

さくらんぼ。

幼稚園の校庭の周りに桜がずらっと並んでいて、私の楽しみは桜の後に生る小さな
さくらんぼだった。木によじ登って枝に腰掛けて好きなだけ頬張る。
上の方にたくさん生ってるなぁとぼんやりと口を開けて見上げていると、
毛虫が口の中にポトリ、ギャー!
毛虫は苦かった。今でも桜を見ると毛虫の味を思い出す(苦笑)。
毛虫、苦かったなぁ。いやーホント苦かった。(3回!)

ヤマモモ

学校が終わるとビニール袋を持って近所の山に突入する。
木によじ登ってヤマモモをビニール袋いっぱいにして帰る。
シャツを真っ赤にしてよく食べた。
甘酸っぱくて少し渋みがあって何か山っぽい味がした記憶だけど、
今、食べたらどんな気持ちだろう。

長野に引っ越してくるまで全然気がつかなかったけど、
もしかしたら、昔から木が好きだったのかもしれない。
学校のことはあまり覚えてないけれど、山や木の記憶は鮮やかに浮かんでくる。
特に、木に登って葉っぱの隙間から覗いた優しい木漏れ日。
木を下から見上げる度に、木登りして枝に腰掛けて見た風景がフラッシュバックする。
キラキラと輝く光が眩しくて、何度も何度も瞬きをしながら見つめた景色。
見て触って食べて走って、五感をいっぱい働かせて遊んだ記憶は
どうやら体に刻み込まれているらしい。

娘にもいっぱい自然に触れさせてあげようと改めて思う。

3月に父親が亡くなって、静岡の実家が無くなった。
もう帰るところがないから、静岡には縁も所縁もなくなった。
連絡を取るような友達もいないし、少し物悲しくもなる。
いつか、あの辺りを散策しに行きたいと最近よく考える。
きっと変わってしまっただろうけれど。

梅雨明けの夏色の空の眩しさにクラクラして少しセンチメンタル。
秋にはまだ早い、センチメンタルにはまだ早いんだ。
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by wazawazapan | 2010-07-23 18:16 | パン屋のたわいもない話


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